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1차 사료

사람이 하늘이 되고 하늘이 사람이 되는 살맛나는 세상
大阪朝日新聞 대판조일신문
  • 기사명
    明治28年 4月 7日
  • 이미지
    prd_0136_181 ~ prd_0136_183 (181 ~ 183쪽) 이미지
  • 날짜
    음력 1895년 03월 13일
일러두기

4月7日
●東學黨剿討後記

東學黨征討軍從軍者某氏嚮に東學黨征討軍が龍
山出發以來羅州到着迄の記事を吾社に送る卽ち
二月十三、十四兩日の紙上「東學黨剿討記」と題
して連載せるもの是れなり、今圖らずも某氏に
南少佐の營中に相會す某氏卽ち余に送るに其羅
州以後龍山凱旋迄の從軍記事を以てす東學黨征
討の始末始めて首尾一貫すべきなり(靑山生)

鐵道測量隊護衛 後備步兵獨立第十九大隊第一
中隊の一小隊は昨年十一月十二日鐵道測量隊護衛
の任務を命ぜられ淸州街道を可興に向ひて本隊と
共に龍山を出發し護衛の任務に從事せしに一月三
日東徒約一萬餘淸州に來襲せり其際同隊淸州附近
行進中忽ち應戰之を破り進んで龍山村に至る東徒
四散元山石方向に退却せしを以て淸州に歸陣せり
此戰鬪に枝隊長桑原少尉(榮治郞)微傷を負ひしも
程なく全治し續て本務を完うし二月二十日龍山に
歸陣せり

討滅配備 征討軍は一月五日全羅道羅州に着し
目下康津長興附近に數千の東徒集合しありとの情
を探聞し三個の小枝隊を編成し右路は靈巖康津を
中路は元亭面を、左路は綾州より寶城を經て三道
より長興の賊を合擊せんとし六日を以て此三枝隊
は羅州及綾州を進發せり

長興の賊 左路枝隊は沿道賊の小集團を破り八
日長興に至りしに東徒一萬餘人縣監を斬殺し笛を
吹き皷を鳴らし攻擊し來る我之れに應戰し其退い
て山城に據るを尙進んで攻擊し遂に山城を奪略す 然るに翌九日東徒は我兵の多からざるを知り再び
大擧來襲せり恰も好し中路枝隊は沿道の賊を擊散
し此時長興に着す依て中、左の二枝隊は協力之に
當りしに賊は周章狼狽南面方位に退散せり此戰
賊の死傷四百餘人我兵死傷なし

兵營の被害 右路枝隊は靈巖に至りし時縣監よ
り東徒數萬兵營(康津縣)に在り將に大擧して當地
を襲はんとす故に先づ此賊を剿討せられんことを
懇請せしを以て之を許容し直に兵營に進みしに賊
は我兵の來るを聞き昨日旣に退散せりと然れども
此兵營は賊の尤も慘毒を逞うせし地にして男子の
過半を殺し人家を燒き或は幼兒を柵に縛して慘殺
せし等實に見るに忍びず妻は夫の屍を擁し子は父
の遺骸に伏し我兵に向ひて賊の▣を訴へ復讐を哀
願する有樣は實に目も當てられざる無殘の極にし
て我兵も覺えず一滴の淚を手向たるに至れり始め
賊は此地に入り兵器を奪ひ次に火藥を奪はんとす
る際誤りて火を失し五十餘名卽死せりと其無智笑
ふべきなり

賊徒の潰散 賊は南面方位に逃れしを以て右、
中、左、の三枝隊は長興より四路に分れて南面に
進擊せしに途中玉山村に於て小數の賊徒暫時抗拒
せしのみにて他に一賊を見ず土民に就て聞けぼ賊
は長興の敗後全く四方に散亂し其幾部分は濟州島
及び珍島に逃れたるが如しと

各地の警衛 賊情右の如くなるを以て大隊本部
は依然羅州に滯在し其情況を筑波艦長に通報し
我兵及び韓兵を咸平、右水營、海南、康津、長興
の各地に屯在し附近の賊を追捕せしむ又右水營に
在る我兵は珍島に進擊せしに此地には賊の來りし
ことなしと

人民の虛報 當國の人民は虛報を傳ふること甚し
く或は某地に東徒數千あり或は某地に數萬ありと
云ふを以て直に其地に至れば賊の隻影をも見ざる
こと每度にして爲に進軍の機を遲緩せしこと少からず
然れども此虛報たる全く故意に之を傳へ我兵を欺
くにあらずして只過度に賊を恐れて遂に玆に至る
なり實に當時當國の人民は我兵に依るに非ざれば
其の安寧を確實に保持する能はざりしなり故に到
る處我兵の滯陣を哀願して已まず其情實に▣むべ
きなり且當國の兵は敵に弱くして人民に强し故に 其暴擧掠奪又敢て東徒に讓らず嗚呼東徒の▣は固
より之を言はず官吏軍隊にして尙且斯の如し當國
人民の不幸此の如し

女東學、黃東學 長興附近の東徒に一女子あり
推されて首領となる我兵之を縛して尋問せしに全
く一狂女なり東徒其鬼を談じ神を語るを利用し天
使或は天女と稱し以て愚民を煽動するなり又東徒
中に一童子あり崔と名づく黨人稱して先生と云ひ
或は崔童子と云ひ其無邪氣なるを利用して人を愚
にす東徒の人民を煽動する每に此の如し

韓兵 韓兵中尤も不規律にして驕暴なるものを
統衛營兵(一大隊)とす到る處官吏人民を恐嚇して
金錢を奪ひ民家に入りて財を掠むる等其擧動實に
東徒と異るなし特に其隊長たる左先鋒李圭泰の如
きは其隊の後方二日三日の途程に在りて行進し戰
鬪に際しては淸輿に乘りて後方に避く又某地に東
徒あるを聞き之を攻擊せんとする時は先づ人をし
て其到るを告げしむる等實に東徙の連累と稱する
も不可なき程なり敎導中隊は流石我兵の訓練を受
けたるを以て甚しき不規律なし、獨り壯衛營兵(
大隊)右先鋒李斗璜なるものあり剛毅の性にして
熱心に我命令と忠告を實行服膺するを以て當時の
規律も頗る▣ひ殆んど同國の兵に非ざるが如くな
るに至れり

召募官 は日本軍隊の給養上の便利を▣らしむ
る爲め朝鮮政府より特に日本軍隊に隨行せしめた
る內務官吏なり當時亦東徒の亂を利用し貪汚を逞
うするもの少なからず白樂中なるものあり我隊に
跟隨し來たり我隊より地方の官吏人民に宿營料等
を仕拂へば直に其後に▣り官吏人民を集めて曰く
日本軍隊の當時寒天なるにも關せず千辛萬苦して
東徒を征するものは實に皆我朝鮮國の爲のみ故に
汝等は▣心日本軍隊を▣せざるべからず然るを却
て諸物品の代價を受くるは甚だ其意を得さるなり
と人民等其理に服し日本軍隊より受けたる金▣を
詐取せり▣捕縛のよ京城に▣送せられたり(未完)

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