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1차 사료

사람이 하늘이 되고 하늘이 사람이 되는 살맛나는 세상
大阪朝日新聞 대판조일신문
  • 기사명
    明治27年 12月 19日
  • 이미지
    prd_0136_131 ~ prd_0136_133 (131 ~ 133쪽) 이미지
  • 날짜
    음력 1894년 11월 23일
일러두기

12月19日
●東學黨討伐
(廣島特派榎本義路發)

左の報告大本營に達したり

軍路調査隊の一行及び護衛として派遣せる桑原
少尉の小隊は一日洛東を發して京城に向ひ歸る
途次靑山に達したるに附近に若干の暴徒あり之
を擊退す八日文義を發し淸州に着す十日同地發
の筆記報告に據れば八日の夜半文義の方向より
數萬の賊淸州に向ひ來るとの報に接し應戰の準
備をなし九日午前愈彼の前進を聞き淸州附近
の要地を守り之を擊破す賊の死者二十人餘負傷
者無數、我兵死傷なし大砲二門、
火繩銃四十餘、其他彈藥槍等を分捕す賊は南方
に向け退却す

此報告に據り考ふるに中路にありし南少佐及び
其部下は公州の方位に進み西路の隊と合したる
ものゝ如し

仁川 伊藤兵站司令官
川上總監宛

●又 (廣島特派榎本義路發)

又左の報告大本營に達したり

仁川より應援として派遣の中隊は公州にあり海
美方面に逃れたる賊の再擧を圖るを知り去五日
枝隊を進め賊數百人を捕へ五十人餘を殪す此枝
隊は九日公州に歸り暫く此地に滯在せしめ附近
の急に應ぜしむ

中隊は十日公州を發し海美、瑞山を經て泰安に
到り該地方の義勇兵を使用し賊を半島に
押込め數百人を捕へ三十人餘を殪す首魁は悉く 縛に就き或は斃る故に將來此方面の賊は再び起
る憂なかるべし

泰安より海美に至る地方は官民共に我軍隊を犒
ひ天幕を張り或は小家を掛け酒肴を具へ庶民は
自から荷物の運搬に從事し之を名譽とするもの
の如し大に我軍の威德に感ぜり

右十四日德山發山村中隊長の報告只今達せり

仁川 伊藤兵站司令官
川上總監宛

京城守備隊 東學黨亂及閔族興復の企圖等の爲
に洶洶たる京城の人心を安んぜしむる爲我京城守
備隊は更に○○隊を增加さるゝ筈にて已に昨日三
隻の御用船にて到着したり(以上十一日發)

東學黨京城に潛入す 閔族の故舊七月二十三日
の變に因りて各地に離散し居りしもの王妃の密命
を受けしやにて私かに歸京し閔族興復を圖る輩が
東學黨と結託し之れを利用して事を成さんとし東
學黨亦此を機とし閔族に依りて其野心を逞うせん
としつゝある事情は數日前已に京城より通報した
る如し而して東學黨の領袖輩が閔族と會合計策す
る所あらんが爲三四人宛潛行して京城に入り來る
由は其頃より頻りに道路に傳說ありしを以て我軍
除及朝鮮政府に於ても大に泩意し忠淸全羅兩道よ
り京城に入る街道は特に警察を嚴にし地方官をし
て要所要所に邏卒を增置して旅客を取締らしむる
に因り彼等の爲には不便尤も甚しと見え此頃彼徒
の京城に來る者は皆船に由り仁州濟物浦に來り入
京の途に就く由此事又仁川監理衙門の探知する所
となり臨時仁川府の警吏を仁川港に繰り出し陰に
意する所ありしが遂に昨日午後二時頃二名の東
學黨領袖忠淸道より着船し米穀商人に假裝して仁
川港の一隅より上陸せんとする所を差押へ直に監
理衙門の牢獄に投ぜらる目下處分方に付き法務衙
門に伺ひ中なりと云ふ

●東學黨に贈る書 頃日高島呑象翁は廣瀨進一
氏との連名を以て東徒首領に一書を贈り例の易斷
を以て諄諄其頑迷を警醒せんとし娓娓二千言を累
ねたり其大要次の如し

贈朝鮮國東學黨書

玆▣朝鮮國東學黨之氣運、得雷火豐之二爻▣、彖辭曰、豐亨、王假
之、勿憂、宜日中、彖傳曰、豐大也、明以動、故豐、王假之、尙大也、
勿憂、宜日中、宜照天下也、日中則昃、月盈則食、天地盈虛、與時消
息、而況於人乎、況於鬼神乎、大象曰、雷電皆至、豐、君子以折獄到
刑、爻辭曰、六二、豐其蔀、日見斗、往得疑疾、有孚發若、吉、象傳曰、 有孚發若、信以發志也、爻辭曰、六五、來章有慶譽吉、象傳曰、六
五之吉、有慶也、夫豐之爲卦也、內卦離也、外卦震也、離爲日、震東
方也、正是大陽將昇、東方旣▣之時、殘星熒熒、仍放光芒之象也、
比之國家、國運將進於文明而未進、恰如大陽將昇而未昇、當是之
時、國▣之國是、未以一定、而人心疑懼、各▣自己之衷忱於國家、
以▣治安、動▣結朋黨爭▣權、猶若殘星熒熒亙孛也、雖然豐、未有
不亨者、皆由王心之明故至此、是以遂致國是一定大進文明、所謂
明▣竝行、世運昌隆、日中盛大之時、可期而待也、猶若大陽旣昇、
天地開明、不復見熒熒之殘星也、謂之豐大也、明以動。故豐、王假
之尙大也、勿憂、宜日中也、方今朝鮮王國之氣運、將豐亨之際、特
怪有東學黨者起焉、其志▣如出於憂國之衷忱者然、而至疑我日本
▣▣▣之好意、則是豈得非因其思慮未精密之所致乎(中略)特怪
東學黨者、亦誤解日本▣▣之好意、結黨釀亂、以阻格之(中略)今
也朝鮮東學黨者、賤宇內文明之大▣、乖四海兄弟之大義、拘泥於
區區事情、固執於瑳瑳見解、結黨釀亂、以動搖王國、輕蔑王命、可
謂豐其蔀日中見斗也、果然、則蒙昧不可敎之頑民、天地無所容之
公敵、自作不可逭之孽、遂罹不忍言之殃、謂之往得擬疾、鳴呼危機
實迫一髮、我輩豈忍傍觀座視乎、是▣特所以贈此書也、贈此書之
意、實在於▣爻所謂來章有慶譽吉也、嗚呼念之哉、念玆在玆、東學
黨之安危存亡、實在於玆、曰、容我忠告與否而已矣、所希東學黨首
領各位、宜速放公明正大之眼、觀察天地盈虛與時消息之理義、翻
然改圖自新、服從王化、則豈啻朝鮮王國之豐亨而已、謂之有孚發
若、吉、信以發志也、曩者、貴國朴泳孝氏、來我日本、客於呑象之
家、六年於此、主人爲授易理於朴泳孝氏、是欲報在昔一千餘年前、
百濟國人、王仁阿直岐、來獻論語及諸書以開儒學於我國之好意耳、
今贈此書之意、亦在於玆、書不盡言。言不盡意、若夫書意之不盡、
請須就朴泳孝氏而聞之

明治二十七年十二月吉旦
大日本國
呑象 從五位 高島嘉右衛門
傅堂 正五位 廣瀨進一
大朝鮮國東學黨首領各位

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