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1차 사료

사람이 하늘이 되고 하늘이 사람이 되는 살맛나는 세상
大阪朝日新聞 대판조일신문
  • 기사명
    明治27年 11月 13日
  • 이미지
    prd_0136_106 ~ prd_0136_107 (106 ~ 107쪽) 이미지
  • 날짜
    음력 1894년 10월 16일
일러두기

11月13日
●仁川特報 靑山好惠

忠淸道の東學黨 忠淸慶尙各地兵站部より近日
仁川の其筋へ達したる諸報告に據るに目下東學黨
の猖獗を極め居る地方は北部に於て忠淸道の忠州、
槐山、淸風、報恩、丹陽、延豐等の東部諸地方、
南部に於ては慶尙道の尙州、星州、晉州、仁同等
西北部の諸地方にして南方の分は重に僞東學黨、
北部は重に眞成の東學黨にして其勢力極めて强大
なり可興より昨日達せし電報には忠州、淸風附近
の者のみにても總勢二萬に過ぎ武器亦精銳にして
糧食充實せるが如しとあり左れば今日朝鮮の東
學黨と云へば大抵忠淸道のものなりと知るべし東
學黨の再たび各地に蜂起したるは實に先月上旬 以來の事にして彼等が何等かの誤解より內地各所
の我兵站部の襲擊せること已に數十回なるも我兵站
部に於ては常に守備兵を以て之れを擊退し居たり
然るに寡を以て衆に敵することなれば十分鎭壓の目
的を奏し得ざるより○○隊の兵を仁川龍山兩地
より征討の爲に繰り出したるは十月二十七八日の
頃なり而して右征討兵の出張結果に付ては爾來何
等の報道も達せざりしが俄然昨四日午前十時二十
五分發にて可興より左の電報仁川の其筋に達した

原田少尉○分隊を以て一昨日槐山地方へ偵察中
昨日該地に於て賊兵二萬人に出會し激戰漸くに
して今日六時忠州に歸る但し原田少尉は傷き(
公務を廢するに至らず)上等兵一名卽死し兵卒
四名負傷せり

右の○○隊は龍山より滿洲方面に向ひ槐山方面と
は異なりたる他の兵站路を進み居りしものなるが
定めて途中より槐山附近なる東學黨の猖獗を聞き
道を轉じたるものならんと云ふ槐山は京城より二
十八里に在り又其筋への報告に據るに各地にて東
學黨より分捕せる火繩銃其他の武器幾百點なるを
知らざるも皆直ちに燒捨て居れりと、釜山に在り
し工兵○○隊は東學黨を征討しつゝ釜山より京城
迄の兵站路を順次北進しつゝあり昨四日慶尙道の
首府大邱を發したり忠州附近の我屯在兵と合する
は來る十日頃なるべしと云ふ、前述するが如く忠
州附近には我兵○○隊屯駐し居れば東學黨の襲來
に對して守禦し能ふべきも進んで彼等を鎭壓する
に至らざるに付更に一兩日中我兵○○隊を右騷亂
地方に增發せんとす、朝鮮政府は忠淸道の東學黨
征討の爲兵四百人を一兩日中に出發せしむと昨日
京城より來電あり明日頃出發するならん此の四百
人は日本士官一二名にて監督すべしと云ふ此は昨
日の便にて報道せる如く朝鮮兵三百を汽船顯益號
にて群山に送致する筈なりしも顯益號は他に使用
することゝなりしより此くは模樣換へとなりしも
のならん忠淸道邊の東學黨中に支那敗兵雜り居れ
りとは全く噂に過ぎずと云ふ、尙今後の模樣は聞
き込むに從つて急報するを怠らざるべし(來電參
看)

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