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1차 사료

사람이 하늘이 되고 하늘이 사람이 되는 살맛나는 세상
大阪朝日新聞 대판조일신문
  • 기사명
    明治27年 11月 1日
  • 이미지
    prd_0136_100 ~ prd_0136_102 (100 ~ 102쪽) 이미지
  • 날짜
    음력 1894년 10월 04일
일러두기

11月1日

巡撫使 申正熙を巡撫使に任じて僞東徒を鎭撫
せしむるに決し官報に左の如く記せり

議政府啓曰、兩湖之間、有此匪類之猖獗、其爲憂
虞靡所止屆、扈衙副將申正熙、巡撫使差下、使之
設營、節制諸軍、以爲隨機勦撫之地、何如、傳曰允

●釜山特報 片山猪三次

東學黨忠淸道利川縣に於て起りし趣は昨日電報せ
り、今日又電報せし如く丹陽に暴起したるの報に
接す之は今朝洛東の兵站司令官より此地に達した
る電報に係り其全文は「丹陽に東學黨殘徒集合し
府使の宅に侵入し婦女を殺傷し兵器を奪ひ府使逃 れて其行く所を知らず賊は丹陽の東四里の所に集
合せりとの報を得攻擊の爲橋田少尉に三分隊を率
ゐ出發せしむるの計畫中兵站監より忠州に援兵を
出すべきの命あり依て一分隊を本日同地へ出發せ
しめ尙二分隊は橋田少尉をして引率して出發せし
めたり」とあり又慶尙道監司は夫の晉州の東學黨
討捕使として府使以下數名を昨日出發せしめ尙ほ
監司は統營(馬山浦附近)屯在の兵をして晉州方位
に向ひ派遣せしめたりといふ

此頃來屢報道する如く朝鮮南部の亂民は一起一
仆の狀況にて各地に在る兵站司令部は此鎭壓に取
掛り居れり此國の官吏は暴民に逢へば少しも抗抵
せず奔竄逃逸辛く難を遁るゝを以て足れりとす故
に兇暴の貧民等は近頃流行の東學黨と稱して續續
各地に起るに至れり良民生を聊んぜず憐れむべき
かな

昨日忠淸道より歸りし一漁夫胡井彌太郞(安藝國
仁保島の者)と云ふものゝ話に去十八日忠淸道よ
り釜山に向うて歸航中泗川といふ地へ舟を寄せ水
を取らんとせしに東學黨と稱するもの百餘名海岸
に群集し其內の頭らしき者外七八名舟に入り來り
錢が有ば出せ米があれば出せと脅迫せしにぞ見ら
るゝ如く之は漁船にて何物も無しとて船中の隅隅
まで見せ遣りしに彼は其まゝ上陸せり船は急ぎて
沖に出したり斯くと見るや陸上より數發發銃せし
も夜中の事とて一も中らず危く免れて歸りたり云

大元帥陛下より下賜の煙草京城釜山間駐在の將校
下士卒への分昨日到着夫夫配分したりと

日本郵船會社の雇船べロツクス號今日元山より入
港明日正午拔錨長崎に向ひ夫より仁川へ航す(以
上二十四日發)

前報せし夫の恩賜の煙草を見るに廿五本入の紙包
の表面に鳳凰を描き金字もて『恩賜』と記しあり之
を四箇を更に一包みとなし其表面に國旗と聯隊旗
とを交叉したる下に『勝利』の二字を記す大阪の殿
井製なり

居留地の商人二人去月末出發の便船にて商用の爲
全羅道の熊浦に赴きしに夫の東學黨のために縛せ
られ一旦は殆ど死地に陷りしも辛うじて身を以て
逃れ二三日前歸り來れり聞く所に據れば其携へ行 きし品物は悉く彼に掠奪せられたりと

全羅の東學黨晉州より金海に進み竟に釜山の日本
居留地を襲ふべしとの風說あり居留民は皆螳螂の
斧として齒牙に懸けず

室田總領事は今日電報せし如く同氏今度政府の訓
令にて歸朝(來月天長節後に)するは全く轉任のた
めなりと然るに居留地の重なる商人間には今日柄
多年朝鮮の事情に熟練せる領事の轉任を見るは不
利益なりとして留任の事を政府に切請するに決し
一兩日前電信もて外務大臣宛て留任の事を請願せ
り又第一國立銀行の澁澤榮一郵船の吉川泰次郞二
氏へも右留任の事に盡力あり度旨同時に電報し別
に居留地人民總代金井俊行氏をして井上公使に就
き事情を具し留任の事に盡力を乞はんため仁川へ
向はしめたり聞く後任には一等領事某氏來任する
筈なりと

今日電報したる東學黨一件は釜山兵站司令官へ達
せし左の公報に上れるものなり

廿五日午後六時半發電 大邱兵站司令官

昨日星州に下士以下十名の偵察を出じ互に射擊し遂に東學黨十
一人馬四十五頭其他數品分捕敵は死者一人傷者一人我兵無事

同上午後十一時廿五分 同上

先刻報じたる星州の結果により下官憲兵と部下を合せ數人を率
ゐ今夕出發同日午後十時二十分可興兵站司令部東學黨一千人營
部を襲はんとし可興の東方「モツケイ」右岸▣來襲せり依て守備
兵を連れ之を擊退す憲兵一人死す

廿六日午前九時十分 洛東兵站司令部

谷山附近不穩海平及其附近に東學黨集合せり又尙州附近にも槍
等を持ち百名許集合せり守備を▣にし動靜視察中

井上斷公使馬關より仁川へ赴くの途此地に立寄る
べしとの說あり當居留地の人民中公使の來着せば
之を迎へんとの相談をなし居りしもあり其旨を公
使の許へ申送り置きしが公使は仁川へ直航すること
となり馬關より「厚意は謝すれども其地へは寄り
難し」との電音を贈り來りしといふ(以上廿五日
發)

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